Distance of love  2    
            
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 手を伸ばせば届く場所にその背中はあった。

それは目に眩しいほど白く、美しくて、気づけばリョーマはそれに唇を押し当てていた。

 「・・・っ」

背中は小さく跳ね、ふわりと甘い香りがする。

その香りにリョーマははっとして、背中を向けている身体に手をかけ、こちらを向かせた。

 「不二・・・先輩・・・」

目の前の不二は何も言わずただ微笑んで唇を寄せてきた。

その唇の柔らかさは知っている、そしてその甘さも。

でもその先は・・・

高鳴る胸のまま唇を滑らせれば、ぴくり、とその身体が跳ねる。

 「あ・・・っ!!」

少しかすれた声が耳をくすぐり、たまらない気持ちになりながら、息づく愛らしい胸の尖りを口にふくめば、高い声が上がる

 「気持ちいいの?」

 「ふ・・・っ・・・う!」

その問いには答えず、ただ頭を振って眉を寄せる不二の顔はとても色っぽくて。

 「先輩っっ!!!」

かっと身体が熱くなるのを覚え、きつくその身体を抱きしめれば、抵抗することなく不二は自分の背中に手を回してくれて。

 「・・・好きだよ・・・」

 「え・・・」

 「君が・・・好き・・・」

 「・・・っ!」

耳元で囁かれた愛の言葉に目も眩むような喜びを覚え、夢中でその足に手をかけ、その奥へと手を進める。

 「・・・う・・・っ」

敏感な部分に指先が触れたのか、不二が小さく声を上げ、その背中をきゅっと反らす。

 「ああ・・・越前・・・」 

「先輩っ、不二先輩っっ!!」

かすれた声で自分を呼び、熱に浮かされたような瞳で自分を見つめる不二に頭が真っ白になって、夢中で彼を呼ぶと、その足を肩に担ぎ上げ、一気に身体を進める・・・


 「・・・う・・・」

 

・・・自分の上げたうめき声にぱっと目を開ければ、見慣れた風景が視界に飛び込んできた。

 ・・・最悪・・・

身を捩ると下半身の違和感がはっきりとわかり、深々とため息をついたリョーマは、八つ当たりするように布団を蹴り上げ、身体を起こした。

頭からシャワーをかぶり、全身を乱暴に濡らせれば、汗でべたついていた身体が次第にさっぱりし、半ば沈んでいた意識が覚醒すると共に気まずい思いが胸に込み上げてきた。

きっと昨日の出来事が胸のどこかに引っかかっていたのだろう。

気にしていたわけではなかっただけに余計に決まり悪く、リョーマは何度もため息をつく。

・・・こういった夢を見たことは何度かある。

その時の相手は顔がはっきりしなかったり、メディアに出ていた人間だったりとあまり現実的なものではなかったので、気にせずにすんできたのだが。

リョーマは深いため息をつく。

不本意に植えつけられた行為で苦しみ、嫌悪を感じていた彼が同じような経験をした自分とダブり、助けたくて、守りたくて。

そんな自分に彼も心を許し始めてくれているのがわかり、喜びを覚えていたのに・・・

自分が側にいる事を不二が許しているのは、きっとそういう対象で自分が彼を見ないと安心しているせいもあるのだろう。

好き、と告げ、何度かキスを交わしはしたが、好きという言葉は広範囲なものだし、リョーマ自身も彼の側にいられればいい、彼の笑顔を取り戻せればいい・・・という一種のヒロイックな気分が胸の内にあったから、それ以上のことは今まで思ったこともなかったのだが。

 

ふと、夢の中でみた不二の肢体が脳裏をよぎる。

男としてはいささか華奢で、白くて、優美さすら感じさせるその身体に自分ははっきりと欲情していた。

彼に触れたい、彼を抱きたい。

今まで気づかなかった思いがじりじりと胸を焦がすのを覚える。

思いがけず現れた新たな問題にリョーマは深々とため息をついていた。

 

 

「二・・・不二」

「・・・え・・・」

何だか呼ばれたような気がして顔を上げれば、いつ来たのかすぐ傍らに手塚が立っていた。

「・・・手塚・・・?」

「コートが空いた。もうすぐ雨が降ってきそうだから、打てる間に打っておきたいんだが。」

 「え・・・あ、ごめん。」

その言葉に手塚にラリーの相手をしてくれと頼まれていたことを思い出し、不二は慌ててベンチから立ち上がった。

 「調子が悪いのか?」

 「え?」

 「朝からぼんやりしているし、顔色も悪い。」

 「そう・・・?」

曖昧にごまかそうとしたが、どこか心配そうに自分を見る手塚の瞳に不二は罪悪感を覚える。

「少し寝不足だからかな??」

 「寝不足?」

 「うん、ちょっとね。」

ごめん、気をつけるよ、と何か言われる前に早口でそう言うとそのままコートへと入る。

少し緩んだ靴紐を結びなおし、体勢を整え、視線を上げれば、ふと視界の端にその姿が映った。

 ・・・越前・・・

隣のコートで一心に球を追う彼の姿に不二の胸がきゅっと痛くなる。

あの日一緒に帰ったきり彼とは予定が合わず、話す時間も持てずにいた。

こうして練習の合間に彼の姿を見るだけになってはや数日がたとうとしていた。

予定が合わないのは事実だが、あの日以来リョーマがどこか自分と二人きりになるのを避けているような気がして。

・・・やっぱりあの事で怒らせてしまったんだろうか・・・

不二は内心でため息をつく。

 

あの日の帰宅後、机の上に乗せたその本を見つめながら、余計な事をした、と後悔していた。

彼が望んで手に入れたものでもないのに、まるで自分は彼を咎めるかのような行動を取ってしまったのではないか、と。

でも、あの時胸の中に湧き起こった感情にどうしても逆らえなくて。

彼にはこんな物はまだ早い・・・と言い繕ったが、同時に自分の本心が別のところにある事に気づいてしまい、ついうろたえてしまった。

 ・・・こんな物を見て欲しくない。

家に帰って本を開けば、予想通りほとんど裸の女性が挑発的なポーズを取るそれに眉をひそめ、その気持ちは後悔とは裏腹に強まって。

彼は自分を救ってくれた恩人。

その優しさと勇気で自分を包み込んでくれる頼もしい後輩。

そして、こんな自分を好きだと言ってくれた人。

でも、その好きはどんな好きなのか、自分には確信がない。

だからこんな感情を抱くのは間違っているのかもしれないのに、僕は・・・

 

 「不二っ!!」

 「え?・・・っ!!」

鋭く自分を呼ぶ声に我に返れば打球はすぐ傍まで来ており、それを避ける暇などなかった。

 「・・・っ!!」

反射的に顔面を腕で覆い、何とか直撃は免れたが、鈍い音と共に左腕に重い痺れのような痛みが走る。

「不二っ!」

痛みからというより、打球に当たったショックの方が大きく立ちすくんでいると、駆け寄ってきた手塚が厳しい顔をして不二を覗き込む。

「大丈夫か??」

 「え、あ、うん・・・」

その同様を悟られたくなくて、なるべく平静を装ってそういえば、手塚の眉間の皺が深くなる。

「保健室にいこう。」

「え、大丈夫だよ、そんな大した事・・・」

「これ以上心配をかけるな!」

と、手塚の思わぬ一喝が辺りに響き、不二は息を呑んだ。

 「・・・わかったよ。」

手塚の顔色と張り詰めた周囲の雰囲気からしてここで彼に従わなければこの場は収まるまい。そう不二は観念し、頷く。

 「皆は練習を続けろ。」

どうなることか、と自分達の動向を固唾を呑んで見守る周囲に、今度は静かにそう指示を出すと、手塚は先に立って歩き出す。

 ・・・情けないな・・・

その後姿に自分のふがいなさを感じ、不二が思わず目を逸らせば、視界の端にふっ・・・と白い帽子がひっかかる

 ・・・あ・・・

はっとしてそちらに視線を向ければ、まっすぐなリョーマのそれとぶつかって。

 ・・・越前・・・

眉をよせ、心配そうにこちらを見ている彼にずきり、と胸が痛む。

「不二、何をしている。」

 「・・・あ・・・ごめん。」

呼びかけられたのを幸いに不二はリョーマから顔を背け、手塚の後を追った。

 

 

「それほどの事はなかったようだな。」

席を外していた養護教師の代わりに、念入りに手の具合を見ていた手塚だったが、ようやく納得がいったのか安堵したようにそう言ったのに不二は苦笑した。

 「だから大丈夫だって言ったのに。」

打撲を負った左手はやや赤みを帯びてはいるが、それほどの痛みはなく動かすのにも支障はなかった。

「でも過信はいけない。手当てをしておこう。」

そう言って丁寧に湿布を貼り付け、器用に包帯を巻きつけていく手塚の手の動きをぼんやりと見ていると、

 「どうした?」

不意に手塚にそう問いかけられ、不二は目をしばたく

 「どうした・・・って何が?」

「さっきからお前はため息ばかりついているが。」

「え・・・そうかな・・・?」

自分ではちっとも意識していなかっただけに戸惑っていると、手塚がその目を細める。

「お前、越前と何かあったのか?」

 「・・・え・・・?」

さりげなく切り出されたその言葉はいつものように冷静で、それだけに自分の心のうちを見透かされたような気がして不二はどきり、とする。

「別になにもないよ。」

はぐらかす事は許さない、とばかりにじっと見つめてくるその瞳に、不二は困ったように眉を寄せる。

 「・・・まぁ、少し気まずいと思う事はあったけど、それは僕がそう思っているだけかもしれないからね。僕からは何とも言えないよ。」

 「誤解は大きくならないうちに解いた方がよいと思うが?」

 「え?」

 「何事も話してみなければわからない。お前は言葉を惜しむところがあるからな。」

「・・・君にそんな事を言われるなんて思ってもみなかったよ。」

手塚のその言葉に不二は思わず苦笑する。

「言葉を惜しむ、と言う言い方は適切ではないな。」

 「え?」

「お前は本題から話を上手くそらせてしまう・・・と言う方が正しいかもしれない。そうして皆自分の胸にしまいこむ・・・違うか?」

 「・・・手塚・・・」

 「全部を曝け出せ、とは言わないが、ある程度胸のうちを見せなければ相手に理解されない事もあるんじゃないのか?」

 「・・・それはそうだけどねぇ・・・」

いかにも手塚らしいまっすぐな物言いだな、と思いながら不二は再び苦笑する。

「・・・でもね、僕は自分の思いだけで相手に踏み込むことはできない。」

 「?」

 「怖いんだ。自分の勝手な思いで相手を傷つけてしまうことになったりしたら・・・って。」

失うくらいなら自分が傷つくほうがいい。

それが大切な人ならなおさら・・・と胸の中で不二はひとりごちる。

 「僕は君のようにはいかないみたいだね、手塚?」

 「不二・・・」

彼だったら自分のように汚されたとしても、その心は美しいままだろう・・・ふと不二の脳裏にそんな思いが兆す。

何物にも屈せず、凛としたその態度で相手にその罪を悟らせることも可能だろう。

自分も彼のように美しければこんな思いにはとらわれないのだろうか・・・そう思いかけた胸が不意に苦しくなり、不二は慌てて手塚から視線をそらす。

 「オレはいったん部に戻る。お前はもう少しここに残っていろ。」

 「え?残れ・・・って。」

手塚が立ち上がった気配に、自分も続こうと腰を浮かせたが、肩をそっと押さえ込まれ、そう言われ、不二は目をしばたく。

 「お前のそんな状態じゃ練習も身に入らないだろう。周りに与える影響も大きい。」

 「手塚・・・」

「もうしばらくここにいて少し自分の気持ちを整理するんだな。」

「・・・あ・・・」

痛いところを付かれ、言葉に詰まっているうちに手塚は立ち去ってしまい、結果ひとり部屋に残された不二は深いため息をついた。

・・・気持ちの整理・・・か・・・

仕方なく傍らのベッドに腰を下ろし、不二は再びため息をつく。

最近、すっかりリョーマの優しさに甘える事を覚えてしまったせいか、彼に依存しすぎているのかもしれない、

だから不安なのだ。彼がどうして自分の傍らにいてくれるのか。

自分の事が心配だから?それとも彼が優しいから?

どさり、とベッドに横たわり目を閉じればリョーマの面影がはっきりと思い出される。

・・・ねぇ、君は僕のことどう思っているのかな?

僕は・・・僕は君のことがとても好きだよ。

とても・・・好きなんだ・・・